

天気を予測するうえで重要な要素の1つに「気圧」があります。この気圧の見方がわからないと、天気の変化を予測することができません。ただ、よく耳にする「気圧」ですが、それがどのようなものなのか、意外と知らないものです。
今回は、「気圧」にかかわる数を取り上げたいと思います。自然現象を数値で捉えると、現状の把握や未来の予測などいろいろなことが可能になります。数学が科学技術の土台になっている事例を一緒に見ていきましょう。
今回も、前回の「おてんき豆知識② 『降水確率10 %』 傘を持っていく? 持っていかない?」にひきつづき、公益財団法人日本数学検定協会 学習数学研究所研究員で、気象予報士の資格をもつ中村力研究員に話を聞きました。
――天気予報を見ていると「高気圧」「低気圧」という言葉をよく耳にします。ただ、この「気圧」というものは、改めてどんなものかを考えるとよくわかりません。いったい、どのようなものなのでしょうか。
中村:
気圧というのは、かんたんにいうと、空気(大気)の重さによる圧力のことです。
地球の半径は約6,400kmで、その表面には空気があって、その層の厚さは約10kmあります。6,400kmに対して10kmなので、とても薄いものですね。この薄さは,よくリンゴの皮にたとえられます。私たちはそんな薄い空気の層の下に住んでいます。
しかし、この厚さわずか10kmの空気の層でも、重さはあります。私たちは日々、この空気の重さによって生じる圧力、つまり「気圧」を受けながら生活しているのです。ただ、この気圧はいつも一定ではありません。太陽の光による地面や海面のあたたまり方が違うことで、空気は上昇したり下降したりして、場所によって気圧が変化します。
気圧の高いところが「高気圧」で、低いところが「低気圧」ですが、その2つを分けるような基準は、とくにありません。周囲の気圧に比べて高いところを「高気圧」と呼び、低いところを「低気圧」と呼びます。
高気圧では、空気が上空から地表に向かって下降します。反対に低気圧では、空気が地表から上空に向かって上昇します。そのため、低気圧では地表の湿った空気が上空で冷えて、雲ができやすく雨が降りやすくなります。一方で、高気圧では雲ができにくく、晴れやすくなるのです。
気象予報士は、同じ気圧の地点をつないだ「等圧線」を見ながら、空気がどのように流れているかを読み取り、晴れる場所や雲ができやすい場所を、ある程度予測することができます。
――目に見えない空気の圧力を数値で捉えて、その動きをイメージすることが天気予報では重要なんですね。それにしても、この気圧を最初に数値で表現した人は、偉大ですね。
中村:
私もそう思います。気圧を最初に計測したのは、イタリアの物理学者エヴァンジェリスタ・トリチェリ(1608~1647年)です。彼は水銀を利用して気圧に関する実験、いわゆる「トリチェリの実験」を行い、気圧を計測しました。いまからなんと、400年近く前の1643年のことです。彼は、この実験で、1気圧は水銀柱※で760mmの高さになることを発見し、目に見えない気圧を世界で初めて数値化しました。このように数値化できたことで、いろいろな場所の気圧を比較できたり、記録を蓄えて参照することができたりするようになったのです。
※温度計などの、ガラス管に封入された水銀が柱状になっている部分のこと。
トリチェリは、水銀を満たしたガラス管とトレイを用意し、上の図のように、ガラス管を逆さにしてトレイに置きました。すると、ガラス管のなかの水銀が下がるのですが、高さが760mmのところで止まるのです。このとき、水銀柱による圧力と気圧がつりあっているわけですね。そのため、水銀の密度や水銀柱の体積などから水銀柱による圧力を計算し、1m²あたりの圧力に換算すれば、1気圧を求めることができます。
――自然現象を数値に置き換えることができると、比較したり計算したりして、その変化を予測することができるようになるのでしょうか。
中村:
そうなんです。グラフや図で、わかりやすく表示することもできるようになります。さらに気象情報を数値化して記録し、それをデータとして用いて計算処理すると、いろいろなことがわかってくるんですね。このような方法を「数値予報」と呼びます。
数値予報では、非常に高性能なスーパーコンピュータ(いわゆるスパコン)を駆使します。数式で表された基本的な物理法則に基づいて、空気の状態を表す要素である風向、風速、気圧、気温、水蒸気量などの時間的な変化を計算し、これらの要素の将来にわたる3次元分布を求めていきます。
「スーパーコンピュータシステム(FUJITSU PRIMERGY CX2550M5)」(気象研究所ホームページより)
もう少し正確にいうと、常微分方程式や偏微分方程式をコンピュータで解いていきます。大学で学ぶレベルでは、解はきちんと\(\sin\)\(x\)や\(\log\)\(x\)などで解析的に示せるのですが、数値予報では、微分方程式を差分方程式で近似して、コンピュータで高速に処理させます。つまり、格子点での数値を求めていくんですね。
この方程式の計算は、スパコンがないと処理できないくらい高度で複雑なものです。現代の天気予報は、気象予測の理論だけでなく、数学とコンピュータ技術も用いないと実用に耐えないといってもよいでしょう。
気象は、とても複雑な自然現象です。より遠い未来を、より正確に、より迅速に予測するには、コンピュータの計算技術だけでなく、予測の理論をもっと精度の高いものにしなくてはなりません。今回は、難しい計算技術の話題は取り上げませんでしたが、私たちが利用する天気予報の裏側では、コンピュータによる多くの数値化と計算が行われていることを知っていただければうれしいです。
――もっと複雑な計算ができるようになれば、もっと明瞭に未来を予測することができるのでしょうか。
中村:
基本的に、未来を正確に予測することはできません。1つの雲でも、その形や位置、流れ方などがどう変化するかを予測するのは、難しいところがあります。5分後なら可能かもしれませんが、60分後となると、かなり予測が難しくなります。雲が流れる先に山があれば、その雲はやがて上昇して、上層の空気の状態によっては大きな影響を受けて、大きく変化するかもしれません。
遠い未来になるほど、予測するにはさまざまな条件を考慮する必要があり、その計算が複雑で難しくなっていきます。しかし、過去のデータを数値化して蓄えていくことで、いままで見えなかった気象の変化の理論を見つけ出せるようにもなります。もっと質のよい方程式のモデルを編み出して、コンピュータで計算できるようになれば、未来をより精度よく予測することがある程度できるようにもなります。
新しい計算理論と計算機を作り出すことで、もっと遠い未来、たとえば30年後や50年後の地球について「どのような平均気温になっているか」「どのような気候になっているか」といったことがわかる可能性が開けます。最近よく耳にするAI(人工知能)に、人間がこれまで培ってきた予報のノウハウを投入できれば、予測の精度はもっともっと高まっていくでしょう。このAIも、まさに数学が土台になっているコンピュータによる分析の技術に他なりません。
明日の天気もより正確に予測できれば、行動の選択をいまよりもっと積極的に決めることができます。30年後や50年後の未来をよりくわしく予測できるようになれば、「いまやるべきこと」や「いまやっておいたほうがよいこと」も見えてくるでしょう。
未来を予測する精度は、過去のデータの蓄積と計算の理論と計算機の能力を高めることで、さらに上げていくことができます。未来を知る力を高めることで、私たちはより前向きに生きることができるようになるのです。
――中村研究員、貴重なお話をありがとうございました!
今回は、気象予報士の資格をもつ中村研究員に、天気予報には欠かせない「気圧」について、また自然現象を数で捉えることの重要性や可能性について、話をしていただきました。私たちの身近にある天気予報には、数学が土台となっているコンピュータ技術が不可欠なこともわかりましたね。より正確な未来を予測できる日が訪れるのも、もうすぐかもしれません。そのときをわくわくしながら待ちたいと思います。
宇津木 聡史(うつぎ さとし)
文系サイエンスライター。科学教育誌『Science Window』(国立研究開発法人科学技術振興機構発行)の副編集長などを経て、現在は単行本の執筆、出版社が発行する雑誌の記事や単行本の編集、大学や研究機関の広報物や報告書の制作などに携わっています。著書に、『似ているけれどちがう生きもの図鑑』(文一総合出版)、『おばあちゃんが認知症になっちゃった! 』(星の環会)、『教えて!科学本』(共著、洋泉社)など。