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保険のしくみを作るアクチュアリーの仕事と数学の関わり

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数学を生かせる仕事の代表でもあるアクチュアリー。アクチュアリーの資格試験にも多くの数学の問題が出題されています。では実際の仕事で、どのように数学が生かされているのでしょうか。

今回も、アクチュアリーの仕事と数学の関わりについて、前回の「数学でリスクを予測! 保険のしくみを作るアクチュアリーという仕事」にひきつづき、ソニー生命保険株式会社 商品数理部でアクチュアリーとして活躍されている松本綾子さんに話を伺いました。

リスク管理にも数学が必要 



ーーまず、アクチュアリーの仕事のなかでとくに重要となる数学はどのような分野でしょうか。

松本

直接使う分野は、おもに確率・統計です。また、数学は、大きく分けて計算と図形の2つの分野があるかと思いますが、計算はアクチュアリーの業務で直接出てくるので、とても大事です。一方で、自分の考えを図式化して整理することもあるので、図形も重要になってきます。学生時代には、数学分野全般を学習しておいたほうが良いと思います。

ーー計算と図形どちらも大事なのですね。では具体的に、どのように数学を使って仕事をしているのでしょうか。

松本

たとえば、生命保険の保険料を計算するときには、こういった式で計算するという公式があり、その公式にあてはめて計算します。その計算をするときに数学を使います。また、決算やリスク管理などの分野でも、保険料等の計算の考え方を意識していないと内容が理解できないこともあるので、そこでも必要となってきます。

ーーリスク管理でも数学の知識や計算が必要なのですか。

松本:

リスクの予測は、やみくもに行うのではなく、専門知識にもとづいて予測するので、専門知識をもったアクチュアリーがその役割を担っています。

ーーなるほど。保険会社にとってアクチュアリーの専門性は欠かせないのですね。

松本:

そうですね。たとえば、リスクの予測ですと、まずどういったリスクが考えられるかを洗い出します。新型コロナウイルスなどのパンデミックにより医療保険の入院給付金等の支払が集中するリスクもありますし、死亡保険であれば、日本人の死亡率が上がると死亡保険金の支払が集中するといったリスクもあります。他にも、資産運用の実績が悪かったり、物価上昇などのインフレの影響で保険会社の支出が増えてしまったりすることがあります。これらも1つのリスクです。このようなリスクを1つひとつ洗い出します。

そして大事なのは、それを他の人が見てもわかる定量的な形にすること、つまり、数値化するということです。こういうリスクが起これば、保険会社からの支出がいくらになるのかということを、数値化して予測します。

ーーリスクを数値化することが大事なんですね。

松本:

アクチュアリーはリスク計算を行い、「リスクをどう評価するのか、リスクに対してどのように対策するのか」を考えます。ただし、最終的な判断は経営者が行います。各リスクの数値を見くらべて、たとえば死亡保険の支払が集中するリスクが高かったら「特定の死亡保険ばかりに契約が集中しないように、もっと他の商品を開発しよう」といった判断をしていくのが経営者です。そういった経営者に、リスクの傾向や数値の意味がわかるように説明していくことがアクチュアリーの大きな役割です。


商品開発に欠かせないデータ

ーーところで、保険を作る際に必要となるデータは、どのように集めるのですか。

松本:

たとえば生命保険の場合、生命保険会社が使っている「標準生命表」というものがあります。これは、日本の生命保険会社各社が、生命保険を運営していくうえで、どのくらい死亡実績があったかという死亡率を持ち寄って、それをもとに設定している平均的な死亡率です。ただ、平均的な死亡率だけだと死亡が増加したときなどに対応できないので、それを考慮して、死亡保険だったらもう少し高い死亡率を設定しておかなければいけないということで、「安全割増」という割増分を設定します。また、データが少ない年齢等に関しては少し補整をすることもあります。

公益社団法人日本アクチュアリー会公式サイト内「標準生命表2018」(PDF)

ーー標準生命表は、どこの保険会社も同じものを持っているわけですね。

松本:

はい。標準生命表がまず基準としてあります。そこから各保険会社で各保険商品の特性によって補整します。たとえば死亡保険で喫煙者の方と非喫煙者の方のうち非喫煙者のほうが保険料が安いということがあるため、そういった場合は標準生命表を補整しています。「非喫煙者の方は、標準生命表より低い死亡率で推移するだろう」「喫煙者の方は、高い死亡率で推移するだろう」という想定をして、標準生命表を補整した別々の死亡率を保険会社で設定します。

ーー標準生命表をもとにして補整していくのですね。そういったときも数学を使っているのですか。

松本:

そんなに複雑ではないですが数学を使います。自社の保険商品の非喫煙者と喫煙者の過去の死亡率の水準を参考にして標準生命表の死亡率を補整します。また、自社のデータがなければ公的なデータがないかをいろいろと調べて、公的データを参考にして補整します。

ーー過去のデータをもとに予測して計算していくわけですね。数学について、知識だけでなく考え方などが仕事に生きている部分はありますか。

松本:

数学をやっているとだんだん論理的に考えるようになります。「こういった原因があるから、こういった結果になる」といったことを考えるようになります。この論理的思考が、アクチュアリーとして保険料の設定、決算、リスク管理などの業務全般に役に立ちます。


やさしい数学で考える保険料のしくみ

ーー専門知識がなくても、保険料の計算のしくみをイメージできる方法があれば、ぜひ教えてください。

松本:

保険料設定の考え方をお話しすると、たとえば1,000人の集団がいて、そのなかで1人が病気になるとします。病気になったときに、それが重い病気で100万円の医療費が必要となるというケースを考えます。保険は、100万円が必要になった1人を、1,000人の集団で支えようという「相互扶助(相互に助ける)」の考え方で成り立っています。100万円をその1,000人でまかなうとなると、100万円を1,000人でわって1人につき1,000円が必要になります。ざっくりですが、保険料はそういった考え方で設定されています。


だからといって、保険料を実際に設定するときは、単純に1,000円にすれば良いわけではありません。たとえば、1,000人のうち病気になる人が2人になるかもしれないし3人になるかもしれないですよね。そういったことも考えないといけないんです。他にも、保険会社の資産運用による収益を見込んでその分保険料を引き下げるとか、保険会社の経営に係る費用を保険料に組み込むとか、そういった観点でも考える必要があります。

ーー保険料のベースにあるのは「みんなで支える」という考え方で、単純に考えると、たとえば医療費を人数でわるということなのですね。

松本:

たとえば、1,000人のうち1人が病気になるといっても、実際には、若い人より高齢者のほうが病気になりやすかったり、種類によっては女性特有の病気があったり、男性のほうがなりやすい病気があったりします。だから、性別や年齢などによって保険料を分けるという観点も必要になります。

保険会社のパンフレットを見ると、よく性別・年齢別の保険料がずらっと並んでいて、何でこんなに細かいのかと思われるかもしれないですが、「どのくらい病気が発生するか」「どのくらい死亡が発生するか」などについて、そういった観点で考えているからです。


仕事に欠かせない道具

ーーふだん、お仕事をしながら使っているものはありますか。

松本:

ふだんはおもにパソコンを使っていますが、計算するときは電卓を使うこともあります。また、アクチュアリー資格試験の教科書は業務の参考となるため、教科書を読み返す場合もあります。



ーー電卓は一般的な電卓ですか。

松本:

はい、基本的に普通の電卓を使っています。この電卓は、同じ計算を2回すると「OK(合っていますよ)」という表示が出ます。計算が合っているかを確認するときに便利です。これは実務でも便利ですし、試験でも便利です。アクチュアリー資格試験を受けていたときからずっと使っています。




ーーこんなに便利な電卓があるのですね。これは何の書籍ですか?

松本:

これは、アクチュアリー資格試験の1次試験で使う生命保険数学の教科書です。生命保険の保険料の計算方法が載っています。また、生命保険は長期の契約のため、長期にわたる保険金や給付金の支払に備えて「責任準備金」というお金を積み立てておかないといけないということが決まっています。その責任準備金はどうやって計算するかなどの公式や考え方が載っています。巻末には生命表の1つである「日本全会社生命表」がついています。



ーー日本全会社生命表のなかの死亡率の数字は、小数点以下5桁まで記載されていますね。

松本:

死亡率は、とくに若い人だと極めて低いものなので、桁数をある程度とらないと不十分な数値になってしまいます。

ーーお仕事のなかでグラフを使うことはありますか。

松本:

変動する会社の収益の状況などを示すときは、グラフを使うことがあります。ここ1年間の収益の推移について、なぜ上がったり下がったりしているんだろうということを考えたときに、たとえば資産運用の状況が大きく関係しているのだったら、日本国債金利などの上がり下がりをグラフ化してみて、会社の収益がこれと同じ傾向となっているのかを分析したりします。収益が下がった理由を、経営者に説明するときにも使います。

ーー原因を探したり、わかりやすく説明したりする場合にグラフを使うのですね。松本さん、今回も貴重なお話をありがとうございました!

今回は、アクチュアリーの松本綾子さんに話を伺いました。アクチュアリーの仕事では、確率・統計を中心に、計算やグラフ、論理的な思考など、さまざまな数学の力が必要であることがわかりました。次回もお楽しみに!





篠崎 菜穂子

フリーアナウンサー/数学コミュニケーター/数学シニアインストラクター。東京都生まれ。日本大学理工学部数学科卒業。横浜国立大学大学院先進実践学環社会データサイエンス修士課程修了(学術)。中学高校数学教員免許、幼児さんすうインストラクター、算数シニアインストラクターなど、多数の資格を取得。数学関係のアナウンサーの仕事のほか、数学講座やワークショップ、執筆など幅広く活動している。著書に『はたらく数学 25 の「仕事」でわかる、数学の本当の使われ方』(日本実業出版社)ほか。

篠崎菜穂子の数学情報サイト 「How to enjoy math」
サイトURL:https://www.enjoy-math.com/

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