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数学でリスクを予測! 保険のしくみを作るアクチュアリーという仕事

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予期せぬできごとが起きたときに、私たちを助けてくれるものの1つに、民間のさまざまな保険制度があります。将来のリスクを予測し、保険や年金といった金融商品を作っているのがアクチュアリーという専門家のみなさんです。実は、アクチュアリーの仕事には、確率・統計をはじめとした数学の知識が欠かせません。そこで、今回から3回にわたって、アクチュアリーの仕事内容や仕事のなかで使われる数学などについてご紹介していきます。

1回めは、アクチュアリーの仕事内容や資格試験について、ソニー生命保険株式会社 商品数理部でアクチュアリーとして活躍されている松本綾子さんに話を伺いました。

アクチュアリーとはどんなお仕事? 

ーーまず、アクチュアリーとはどのようなお仕事なのでしょうか。

松本

アクチュアリーのおもな仕事は、数学や統計学などの知識を使って、将来のできごとや不確実性、リスクなどを予測していくことです。活躍できるフィールドとしては、生命保険分野、損害保険分野、年金分野という3つの分野があります。それぞれ必要とされる知識も違いますし、アクチュアリー試験(2次試験)の内容も異なります。

ーー数学で将来のリスクを予測するのですね。松本さんは、どの分野で仕事をされていますか。

松本

私は、生命保険会社の商品開発部門に所属しています。生命保険会社以外には、損害保険会社や個人年金などを提供している信託銀行に就職するアクチュアリーもいます。他には、生命保険会社や損害保険会社などの決算を監査する監査法人や、生命保険会社、損害保険会社のアクチュアリー業務について、コンサルティングやアドバイスなどをしてくれるコンサルティング会社などにもいます。

ーーいろいろな会社があるんですね。松本さんが専門としている生命保険分野の商品開発は、具体的にどのようなお仕事ですか。

松本:

おもな仕事は、保険料を決めることです。保険会社は、たとえば「新型コロナウイルスのような感染症が流行して、何らかの要因でお客さまへのお支払いが集中してしまうかもしれない」「保険会社の財務状況が悪くなってしまい、お客さまに保険金をお支払いできないかもしれない」など、いろいろなリスクを抱えています。保険料は、そのような先々のリスクを予測して、そのうえで「この水準の保険料であれば十分だろう」という考え方で設定しています。

ーーさまざまなリスクを予測したうえで保険料を設定しているのですね。損害保険分野や年金分野のお仕事はどのような内容でしょうか。

松本:

私の専門ではないのですが、損害保険分野について、生命保険分野と大きく違うのは保険期間です。生命保険は、終身保険など長期の予測が必要ですが、損害保険は1年更新などの商品が多くなります。保険料を1年間適用し、その様子を見て保険料を上げたり下げたりする、といった適時適切な判断が必要となる分野です。


年金分野というのは、たとえば、企業が主導している年金がありますね。5年間や10年間の年金や、終身年金などがあります。終身年金だったら、終身にわたりお支払いできるか、そのためにお客さまにお支払いいただく保険料をどの程度の水準にするかといったことを計算するのがおもな仕事となります。


女性のアクチュアリーも増えている

ーー現在、日本国内にアクチュアリーの方は何人くらいいらっしゃるのですか。

松本:

アクチュアリーは、公益社団法人日本アクチュアリー会に所属しています。この会員数でいいますと、国内では5,000人を超えています。正確なデータを把握しているわけではないですが、少しずつ増えている状況だと思います。男女比は、私が入社したときだと、女性が10~15人に1人くらいという感覚だったのですが、最近の新卒社員におけるアクチュアリーの男女比を見ると、以前よりも女性の割合が高くなっている感覚があります。



ーー国内で増加傾向にあるんですね。では、日本と海外のアクチュアリーは、なにか違いはあるのでしょうか。

松本:

おもに欧米だとアクチュアリーの知名度が高く、とくにアメリカでは職業として高く評価されているという話を聞いたことがあります。日本はアクチュアリーと聞いてもピンとこない方が多くて、知名度としてはまだまだかと思います。

ーーそうなんですね。ちなみに、海外のアクチュアリーの方と交流することはあるのですか。

松本:

日本アクチュアリー会の研修などで、海外に行って現地のアクチュアリーと交流をもつことがあります。生命保険会社によっては、外資系の会社で、本社がアメリカ、子会社が日本にある形態もありますので、その場合はアメリカ本社のアクチュアリーと交流することもあると思います。

数学の知識も求められる資格試験

ーーここからは、アクチュアリーの資格についてくわしく聞いていきます。アクチュアリーになるためには、どうしたらよいのでしょうか。

松本:

アクチュアリーになるには、日本アクチュアリー会の資格試験に合格する必要があります。

1次試験は基礎的な科目で、「数学」「生保数理」「損保数理」「年金数理」「会計・経済・投資理論」といった一般的な知識を問う試験となります。

2次試験は、専門知識および問題解決能力を問われる試験となります。この試験に合格するために「生命保険の保険料を設定するとき、どのように考えればよいか。たとえば、会社の利益だけを考えるなら高い保険料を設定すべきだが、やみくもに高く設定すればよいというわけではない」などの問題解決の考え方をひたすら学びます。

1次試験では共通の科目を受けるのですが、2次試験では生命保険、損害保険、年金の3つの分野のうちのいずれかを選択して受けます。そして、1次試験では5科目すべて、2次試験ではいずれかのコース(2科目)に合格しなければなりません。その後、職務遂行にあたっての基本的な姿勢(心構え)を学ぶプロフェッショナリズム研修を受講することで、アクチュアリー(正会員)になれます。



ーーみなさん、働きながら試験を受けるのでしょうか。

松本:

そうですね。アクチュアリーを志望される方は、大学を卒業してすぐ生命保険会社や損害保険会社などに就職して、仕事と並行してアクチュアリー試験の学習をして、だんだんと合格していって、仕事の経験も積みながら、アクチュアリーになるというのがベーシックかと思います。あとは他の業界に就職したけれども、転職してアクチュアリーになったという方もいます。

ーー仕事をしながらの学習はたいへんそうです。アクチュアリー試験の問題を見たのですが、とても難しい印象でした。

松本:

正直ハードだったというのが記憶としてあります。就職したばかりのころは、新しいことに慣れるのに必死でした。それでも土日は学習するといった感じで、とても忙しかったです。一方で、試験に受かると知識が身について、それが業務で役立っているという実感もあります。今となっては、合格して本当によかったと思っています。

ーーお休みの日も学習するのは根気がいりますよね。試験は年に何回かあるのですか。

松本:

いいえ。試験は毎年12月だけなので、年に1回しかチャンスがありません。ただし複数科目を受験することは可能です。以前はクリスマスに試験、バレンタインに合格発表だったのですが、最近は試験が少し早くなって12月の中旬に設定されています(笑)。

ーー今は少し早くなったのですね(笑)松本さんが、すべての試験に合格するまで、どのくらいかかりましたか。

松本:

12年ほどかかったと思います。日本アクチュアリー会のWEBサイトには平均で8年くらいと記載されているので、私は長くかかったほうかと思います。

ーー12年ですか?! 途中で諦める方はいないのですか。

松本:

途中で諦める方もいらっしゃいます。それでも、それまで学習した専門知識を生かしてアクチュアリーの部署で活躍される方もいらっしゃいますし、他の部署で活躍される方もいらっしゃいます。または、他業界などに転職される方もいて、人によってさまざまだと思います。

ーーやはり諦めてしまう方もいるのですね。松本さんは、くじけそうになることはありませんでしたか。

松本:

最初に、目標として全部に合格しようとは思っていたので、上司や先輩などに教えてもらったり助けられたりしながらですが乗り越えることができました。そういった職場で働いていると、やはりアクチュアリーの資格を取得したほうがよいというのは合格した人が試験で知識を駆使して仕事をしていることを見てもわかります。知識の必要性は仕事をしていて実感してくるので、そのような面からモチベーションを少しずつ高めていく、といった感じです。

ーーまわりの方のサポートも大切なんですね。試験を受けるときのコツやアドバイスなどはありますか。

松本:

一生懸命学習するというのはもちろんで、1次試験は本当にセオリーどおり、大学受験などと同様にひたすら学習をすることが大切です。あとは、学習時間や計画性が重要になると思います。

2次試験もひたすら学習することがもちろん大切ですが、1次試験よりもう少し専門的になるので、私は業界の方からの情報収集にも力を入れました。時事問題で、「最近の時流はこうだから、こういう商品を開発したいけれど、どういうところに注意すればよいか」というような問題が出されることがあるので、どういった問題が出されそうか、どういったことを書けばよいか、ということを情報収集していました。上司や先輩に聞いたり、同業他社に勤める知人に聞いたりして、知識を貯めていました。

数学を生かせる仕事に就きたい


ーーところで、松本さんご自身は理系の学部や学科のご出身ですか?

松本:

はい。大学では、数学科で確率論を専攻していました。就職活動をするときに数学を生かせる仕事があれば就きたいと思っていて、アクチュアリーを志しました。アクチュアリーという仕事は、子どものころ、職業がいろいろ書いてある本を見て、名前だけは知っていました。本格的に意識しだしたのは大学生のころです。

ーーなるほど。数学科出身の方が多そうなイメージはありました。アクチュアリーは、どんな方が向いていると思いますか。

松本:

やはり数学を直接的に使うので、数学が苦手でない方がよいと思います。でも、数学だけができればよいというわけではありません。組織のなかでいろいろな人と相談しながら保険料を決めるとか、決算のための作業を行うとか、そういった仕事になりますので、コミュニケーション力が大切です。「人の話していることを理解する」「自分の考えを話す」ということが苦手でない方がよいと思います。一方で、コミュニケーションに少し苦手意識があるという方にも諦めてほしくないと思っています。私の場合、コミュニケーションが得意という自覚があったわけではないので、仕事を始めてから経験を積んで学んでいきました。

ーーコミュニケーション力は、働きながら身につけることができるのですね。アクチュアリーのお仕事のやりがいはどんなときに感じますか。

松本:

自分で商品を作ったときが一番やりがいを感じますね。パンフレットなどに自分が作った保険商品の保険料などが載っていると、やっと形になったんだと実感します。

ーーでは、逆にたいへんだったことはありますか。

松本:

やはりコミュニケーションでしょうか。アクチュアリー同士では専門的な用語を使って説明しますが、アクチュアリーでない方に専門用語を使うとわかりにくくなってしまうので、もう少し一般的な用語を使って説明する必要があります。複雑な計算を扱うので、「私はこういう計算をしようと思っているんだけど、どう思うか」ということを説明するだけでも難しいのです。自分の考えていることを理解してもらうとか、アクチュアリーでない方からそのような相談を受けたときに理解するとか、自分から具体的な内容をくわしく聞くとか、自分が説明するときもくわしく説明するとか、そういう努力をしないといけないのでけっこう技術も必要ですし、たいへんなところだと思っています。

ーーアクチュアリーのお仕事には数学の知識だけではなく、コミュニケーション力が大切なんですね。松本さん、貴重なお話をありがとうございました!

今回は、アクチュアリーのお仕事について、くわしく話を伺いました。アクチュアリーの仕事の重要性を感じるとともに、資格試験や日々の仕事のたいへんさに驚きました。

次回は、アクチュアリーの仕事で使う数学について、くわしく話を伺います。お楽しみに!


※記事内の図版は、日本アクチュアリー会の公式サイトを参考にひとふり編集部が作成。




篠崎 菜穂子

フリーアナウンサー/数学コミュニケーター/数学シニアインストラクター。東京都生まれ。日本大学理工学部数学科卒業。横浜国立大学大学院先進実践学環社会データサイエンス修士課程修了(学術)。中学高校数学教員免許、幼児さんすうインストラクター、算数シニアインストラクターなど、多数の資格を取得。数学関係のアナウンサーの仕事のほか、数学講座やワークショップ、執筆など幅広く活動している。著書に『はたらく数学 25 の「仕事」でわかる、数学の本当の使われ方』(日本実業出版社)ほか。

篠崎菜穂子の数学情報サイト 「How to enjoy math」
サイトURL:https://www.enjoy-math.com/

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